THE PRESERVING MACHINE

P.K.DICK "THE PRESERVING MACHINE"読了

Everyman's Library の"Music Stories" という短編集から.ディックは言わずと知れた「電気羊」で有名なSF作家.作品の舞台は,戦争中(多分第三次世界大戦とかだと思う)のロサンジェルス.戦争によって人類の文化が失われること,特に音楽が失われることを恐れたLabyrinth博士が,モーツァルトやバッハの音楽を別の形でなんとか保存しようとし,楽譜を生物に変換する装置をどこかの大学研究室に作ってもらう,という設定.楽譜は焼けて残らないかもしれないが,サバイバル能力に優れた生物であればこの戦火を生き延びられるかもしれない,と考えたらしい.そのような装置が完成し(PRESERVING MACHINEそのまんま保存装置ですな),楽譜を入れると,曲に応じて様々な生物が出てくるが,そいつらは放置しておいたら博士の家の裏側にある森に逃げてしまって…さてどうなるでしょう.

馬鹿馬鹿しい地域紛争で文明や文化が失われることに対する危機感は,登場人物の博士と共有している.とはいえ,その手段が楽譜を生物に変換する,という発想はめちゃくちゃですな.しかしこの作品のテーマはそういうことではなく,文化の保存についてであろう.保存すると言っても,保存するという言葉の意味をどう捉えなくてはならないか,ということを考えると頭がおかしくなりそうだ.バッハの弾いたチェンバロの音は三百年前のドイツの空気の中に消えてしまっているし,サロンで大人気だったリストの超絶技巧も伝記と漫画の中にしか残っていない.状態の良いライブ録音が残っているピアソラですら,他の奏者が弾けば似ても似つかないものになってしまう.どうすりゃいいの.

Everyman's Library の製本は相変わらず良い.この本はドイツで製本されたと裏表紙に書いてある.

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