THE WORLD OF MUSIC ACCORDING TO Starker
Janos Starker "THE WORLD OF MUSIC ACCORDING TO Starker" 読了
20世紀を代表するチェリストであるStarker の自伝.10年くらい前に邦訳を読んだのであるが,生徒さんにあげたか貸したかで手元にないので,数年前にAmazonで原書を手に入れたのであった.タイトルは,ちょっと前に読んだIrving の"Garp"をもじったものであろう.6月にStarker の元同僚である練木先生の公開レッスンを受講する機会があったため,それじゃちょっと読んでみるかと読み始めたのがようやく読み終わった.
上に二人男の子がいたために,母親は女の子を希望してたのに男の子(Janos)が生まれてしまってがっかりした母親がやけっぱちになって,三人めの息子の名前なんてどうでもいいと,病院(と担当医)の名前であるJanos をつけたというエピソードはなかなか強烈であった.Starker としてはネタの一つと考えているのであろう.彼の生まれた時代と場所はなかなか生存には厳しく(1924年ハンガリー生まれ),ナチスとボリシェビキの両方から多大な迷惑(迷惑どころじゃないな)をかけられつつも,チェリストとして逞しく世界へ羽ばたいてゆく様が描かれている.日本ではお盆になるとやたらと原爆の話ばかりされるが,戦争一般の話としては第二次世界大戦中のヨーロッパの芸術家や科学者の伝記に共通点が多くて勉強になる.というか,一般ピープルが大変な迷惑を被るという点においては,太平洋戦争時の日本も,第二次世界大戦時のヨーロッパも大して変わらんようだ.難しいのは,多くの場合その迷惑を被っている一般ピープルがダメで無能な連中を支持していることで,現代世界においても状況はまるで変わっていないのが救いのないのところ.
ちなみに,本書は"Garp"と同じで,作中短編小説もいくつか入っていて,最後のものは2024年に起きた大戦争で音楽がなくなった2275年の話が描かれている.Starker はSFも書くのね.
あと,なぜかわからんが,Starker のCDも付録として裏表紙にくっついていた.邦訳にはついてなかったぞ.Starker のCDは,どれもわりと金属的かつドライな音色で好きでない.しかし,学生時代に大阪のいずみホールで聴いたリサイタルでは,大変豊かな木の音が出ていて,一緒に行ったNBTM教授も「CDの音と全然違う」と感想を述べていた.弾き方はCDと同じでそっけないというか,いらんことはしない感じだったけど.超絶技巧を売りにしているチェリストが,ああいう弾き方をするというのはなかなか興味深かった.
以下引用.
"I read history and see it all repeating: murder, mayhem, wars, hatred. I see stunning technological advances while remembering oil lamps and outhouses. I see fanatics: crusaders, Nazis, Communists, Fascists, and saintly self-appointed saviors. We are returning to a medieval, even a tribal, system. I watch individual liberties erode as they did when I was in my teens, and I see the hustlers flourishing. Nevertheless, music, the leitmotif of my life, is alive and well, and I take pride in having served it. I still complain about the ills of society, but the turbulence is easing. The rocks I climbed seem smoother on the way down."
「ideo - realist」を自称するStarker の最後の方の言葉は,塾長にはちょっと楽観的すぎる気がしなくもない.チェロの世界については,彼の楽観には同意できる.