ブラームス トリオ
マリオスで,佐藤俊介(vn)・鈴木秀美(vc)・スーアンチャイの3氏によるピアノトリオの演奏会を見てきた.いわゆるモダン楽器ではないところが興味深く,特にピアノが現代のスタインウェイではなく19世紀中頃から終わり頃のものというのがそそった.弦楽器は昔のセッティングで弾いている人の演奏を聴くことも増えてきたけど,鍵盤楽器については重たくて運ぶのが面倒だし,ピアニストの脳内は現代スタインウェイの音がベストということで固定されてしまっていて,なかなか昔の楽器あるいは昔の楽器のレプリカを見たり聴いたりする機会がない.
演奏者はチェロの鈴木秀美氏は誰でも知ってるチェリストで,佐藤俊介氏はオランダバッハ協会のコンマスをやっている新進気鋭のヴァイオリン奏者である.自分のやっていることについての興味・関心を突き詰めてゆくと,こういう方向に行くのは必然なんだろう.ちなみに,オランダバッハ協会とフランクフルト放送響はYouTubeで大変クオリティの高い演奏をアップロードしてくれている団体で,塾長の数少ない登録チャンネルだったりする.どちらも画質・音質とも素晴らしく,演奏も非常に質の高いものばかりだ.そんな団体のコンマスを生で見る機会が訪れるとは思ってなかった.
本番が始まる前に,弦楽器の二人によるトークがあり,当時使われていた楽器のセッティングや演奏法についてのざっくりした話を聞くことができた.二人といっても,9割方鈴木秀美氏の独演会だったけど.
それに続いて一曲目は,ブラームスのヴァイオリンソナタ第2番.ここんとこ塾長は耳鳴りが気になるフェーズにあり,あまりたくさん音を聴きたくないので,ヴァイオリンソナタはロビーのモニタとスピーカで聴かせてもらった.ブラームスの生きていた頃は,ポルタメントは上下どちらの移動においても使われるとのことだ.これはプレトークでも二人が喋っていたし,塾長が持っているベーレンライターのチェロソナタの楽譜についているcommentary にも同じことが書いてあったので,多分当時の演奏法の研究をした人々にとっては共通認識の一つなのであろう.ヴィブラートも控えめな感じ.これは,ブラームスの同時代のチェリストであるPiatti がほとんどヴィブラートを使わなかったと伝えられていることからも,少なくともそのような流派は存在したのだろうと想像できる.ロビーの貧弱なスピーカーで聴いていると,なんだか冴えない感じだった.ポジションがまだ定まっていない奏者が頑張ってポジション取ろうとしてるみたいな感じ.ホールで聴いていた人々は別の感想をもったかもしれない.実際,トリオの時はポルタメントによる音程のずれは気にならず,音もツヤツヤでかっちょよかった.
二曲目はブラームスのチェロソナタ第2番.四年前に塾長自身が河野氏とともに全楽章演奏したものなので,まだ音と指は大体が頭に入っている.で,まずピアノであるが,これはうるさい.うるさすぎる.四年前の塾長の演奏会を聴きにきてくれた石原学舎の生徒さんが「チェロがよく聞こえんかった」と言っていたが,確かにこのバランスならチェロは聞こえんわ.150年前のスタインウェイは,現代スタインウェイに比べると音色が引き締まっていて残響も短めだが,がっつり打鍵すれば,がっつりでかい音が出る.そしてがっつりペダルを踏めば,なんだかんだで残響音は濁る.ワシの持っているピアノ譜だとペダル記号はほとんど書いてない(ショパンのoriginal 譜だと結構ペダルの指示は多く,しかも踏みっぱなしのところが多い.ペダルの靄ということも言われるが,プレイエルとかの残響性能がそもそも現代ピアノよりもすごくなかったに違いないと塾長は考えている).ブラームスのペダルの指示がしつこいものであったのか,演奏者任せであったのか塾長は知らぬが,今回の楽器の場合は,今回の踏み方は長すぎて,かつ打鍵が強すぎたと思う.チェロに関しては,最初から最後までドキドキヒヤヒヤしていた.とりあえず一通りの難所を知っているので,その場所に来るたび緊張した.第3楽章と第4楽章は,おそらく曲を知らない人であっても大変なことが起きているとわかったと思う.残念ながらチェロソナタについてはワクワクドキドキを楽しむという境地にはなれず,早く曲が終わってくれることを祈っていた.鈴木秀美氏は暗譜で演奏していたが,危ないんじゃないかと予測していたところは,やはり崩壊していた.楽譜を見ていてもえらいことになる可能性があるわけだから,暗譜ならなおさらだ.暗譜と言えば,YouTubeでチェリストのAlban Gelhardt がコダーイの無伴奏をやっている時に無限ループに入りそうになっている動画を発見した.投稿者がGelhardt 本人で,それを本人がどのような精神状態であったのか解説しているという,究極に自虐的な動画であった.暗譜のリスクはあるが,うまくいったときは暗譜の時の方がよいから,自分はこれからもリスクをとって暗譜でやる,と言っていた.メンタル強すぎ.実は,明後日の演奏会の塾長のソロは楽譜が短いので,2曲とも暗譜にしようかと考えていたのであるが,今日の演奏を見て怖くなったので楽譜見ることにした.塾長は臆病者だ.
休憩中は,メインのピアノトリオを聴くかどうか迷っていた.チェロソナタの印象が悪すぎて,これ以上あのピアノを聴くのはきついし,弦楽器もあんまり興味が持てなくなったしなあ,という感じだった.まあだけどせっかく金出したんだしという貧乏くさい考えでトリオも聴くことにした.そしたら,トリオの演奏は素晴らしかった.ピアノはうるさいんだけど,この曲に関しては色々と即興的・実験的なことをやったりリスクを背負ったことがいい感じの緊張感と高揚感につながっていた.あんなふうに自由にやることはできんが,我々も明後日は良い演奏をできるように頑張ろう.
我々も明後日全く同じ曲を演奏会で演奏し,明々後日は同じ曲で公開レッスンを受講いたします.ご興味のある方はぜひどうぞ.公開レッスンについては招待券があと2枚だけあります.