名門じゃない
先日うちの生徒さんから「先生は優秀な進学校に通っていたとお母さんが言っていた」的な話をされた。ええとですな、塾長はずっと普通の公立学校しか通ってない、一般家庭に育ってきました。どこでそんな話ができあがったのかよくわかんないけど、とりあえず以下に幼稚園からの正確な学歴をまとめておく。
幼稚園は私立の普通の幼稚園だった。就学前の児童に英語とか算数とかやらせる幼稚園や保育園もあったんだけど、うちの父親が「ガキに勉強させるなんて頭がおかしい」という考え方だったので、一日中遊んでるだけの(昼寝付き)幼稚園に通ってた。幼稚園時代の塾長はそもそも勉強というものの存在も知らなかった。でも、イソップ童話とかは読んでた気がする。どこで文字を覚えたんだろう。
小学校も普通の公立小学校だった。歩いて10分弱くらいで行けるところ。名古屋の端っこの方で、当時はガラの悪いというか、あまり経済的に余裕のないご家庭とお金持ちが混在した地域だった。一家で1LDKに住んでいるような子がいるかと思えば、山の中腹の土地を利用して家の庭に滝があるような豪邸に住んでいる子もいた。子供だったからか、その辺の格差とかは全然気にせずにみんなで遊んでた。さすがに5年生6年生くらいになると中学受験のために塾通いする子はいたけど、塾長は勉強よりもサッカーに力を注いでいたのでよその世界のことだと思ってた。父親は小学生が勉強することも推奨していなかった。
中学校からはもう少しガラの良い地域に引っ越したが、中学校は相変わらず普通の公立中学校だった。ダッシュで10分くらいのところ。毎朝友達とダッシュで学校に行っていた。遅刻した時は門から入らずに、フェンスを越えるようにしていた。バレなきゃ遅刻にカウントされることはない。というか、遅刻を記録するとかアホちゃうか。教員も無駄な労力を使っていたものだ。ここでも、サッカーと、中学になってから始めたピアノに夢中で、勉強の優先順位は低かった。父親はこの頃になると、勉強しないことを推奨することは無くなった。成績は中の上くらいで、英語だけは三年間ほぼずっと学年1番だった。でも、定期テストなんて教科書からしか出ないわけで、これは全然大したことない。総合成績で言うと、3年間で一番良かった時で20位/400人くらい。普段は50〜100位くらいをうろうろしてた。
高校も普通の公立高校だった。東大とか京大だと一学年1人か2人くらい。一高と比べても全然大したことない。ただ、15年ほど前に卒業生の益川敏英氏がノーベル物理学賞をとってからは人気が出てきて、最近は結構頑張ってるっぽい。
そんなわけで、塾長の子供時代は普通の公立学校だけ埋め尽くされている。うちに通ってくれてる生徒さんの大部分は、高1の段階までで言えば、当時の塾長よりもよくできている。で、自分の小中高時代を踏まえて大学受験を考えると、塾長のようなのんびりした子供時代はあまり効率的でないと思っている。中高一貫校に行くかどうかはともかくとして、高2終了時に一通りのことが終わっている状態じゃないとやっぱ難しい。その意味で公立に進むことにはリスクがある。まあ、塾長の年齢になると、1年とか2年ずれることは誤差の範囲内であるように思えてくるんだけど。
ちなみに、子供時代に塾長が勉強することを推奨してこなかった父親(そして、塾長も勉強の優先順位をそれほど高くしていなかった)は、話だけ聞いてると小卒とか中卒に見えるかもしれんけど、一応京大卒なんだよね。自分はガリガリ勉強してたのに、なんで子供の勉強には興味関心を示さなかったんだろう。

