嘘つきアーニャの真っ赤な真実
米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」読了
ロシア語通訳の故米原万里女史によるエッセイ集.子供の頃過ごしたプラハのソビエト学校の3人の同級生の話が描かれている.時代的には,プラハの春よりも少し前で,その後の彼女たちの運命がそれなりに過酷なものになるだろうと予想できて,学校生活の話は普通に楽しいのであるが,なんだか重苦しい気分で読んでしまう.
ソビエト側の国々の様子を描いたものは,フィクションであれノンフィクションであれ,常に塾長の頭の中には灰色の雲のようなイメージが残る.指導者たちの豪華な生活と,圧迫感に満ちた庶民の生活と.共産主義を標榜していた国家が,実際は形を変えた帝政に過ぎなかった,というのはなんとも皮肉だ.我々は歴史から学ばなくてはならない.権力を手にしたものは,例外なく堕落する.権力を手にしたものは,例外なく自分以外の人々を抑圧しようとする.堕落具合と,抑圧の強さは,権力の大きさと正の相関を持っているようだ.だから,どんな政治家であろうと支持などしてはならない.長く権力の座にとどまらせてはならない.そして,堕落した人間の近くにいる人間も同時に堕落する.堕落は感染する.堕落がひどくなりすぎる前に権力の座から追放しなくてはならない.
著者の父親は正義感に燃えた共産党員で,米原女史自身も父親を尊敬していて,共産主義的理想である不公平のない世界を望んでいたようだが,結果として20世紀の共産主義は形を変えた帝政にすぎず,資本家による搾取が問題とされていた自由主義陣営の方が,もう少し不公平が少ないように見えるってのもなんだかなあ.共産主義運動に傾倒してた連中は,自分が権力中枢にいることができないことに対して恨みを持っていただけなんだろうな.